“時の螺旋階段を駆けのぼりながら,幼年時代の記憶ってのを,振りかえるんじゃなくて,先に進んで行ったらそこに戻ってしまったというところで創ってしまったんです”
細野晴臣,大瀧詠一,鈴木茂とともに,バンド“はっぴいえんど”を結成し,作詞を担当した松本隆は,1971年にリリースしたアルバム“風街ろまん”のイメージについて語る。
“アスファルトがめくれて土が見えると,そこにぼくの幼年時代が見えてくる”という,東京生まれの松本。“風”をモチーフとした作品群のなかに描いた心象風景は,彼にとっての“なつかしい未来”なのかもしれない。
“風街ろまん”に収録された作品のひとつ“風をあつめて”
“それでぼくも
風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです
蒼空を” (以上,岡本おさみ「旅に唄あり」)
幼年時代の記憶の螺旋階段。蒼蒼とした端午の節句に,まぶしさにたじろぎつつ見上げたのは蒼空を翔ける“鯉のぼり”。成長と立身出世を託され,自宅のささやかなポールにつながれて,ビルの谷間のささやかなすきまを泳ぐ姿に感じた面映ゆさ……。
都会の“風街”の喧騒から離れた愛媛県大洲市。肱川に小田川が合流する大川地区では,川幅170mの空間に,およそ100匹の鯉が風をあつめて游ぶ。当地では,幼年時代の記憶の先に見えてくるのは,“川渡し”の壮観さ,かもしれない。
大川橋から小田川を遡ると内子町五十崎地区に至る。両岸で向い合う旧五十崎村と旧天神村は,旅客,生活物資,三椏などの産物を積み込んだ川舟が往来し水運で栄えた歴史を共有する。
ここ五十崎地区では,鯉の代わりに“たこ”が蒼天を舞う。
糸を引いて全力疾走し,人の力で風をあつめた“出世凧”が上昇する初節句行事とともに,白根(新潟県),浜松(静岡県)とともに日本三大凧合戦に数えられる“いかざき大凧合戦”が,例年5月5日に開催される。
ガガリという刃物を装着して,天空で糸を切り合う勇壮な戦い。400年の歴史を誇る伝統行事は,対岸の凧が自村の領域に落下したことが発端との口承もある。
合戦の陣を張る五十崎と天神のまちなみを見下ろす陣ヶ森。旧内子町と旧五十崎町の境界をなす丘に,かつて龍王城があった。起源の詳細は不明なるものの
“天正13年(1585年)9月,豊臣秀吉の四国征伐で小早川隆景に伊予の諸城悉く降伏,龍王城主河内吉行も降伏して下城し廃城となる。約650年間続いた龍王城の歴史は終わったのである”(「改訂 五十崎町誌」)
龍王城跡は,現在“龍王公園”として整備され,“フィットネスクラブRyuow”と“オーベルジュ内子”の両施設が運営されている。
この2施設に熱を供給するのが,同公園内に2022年10月に稼働した“内子龍王バイオマス発電所”。株式会社内子龍王バイオマスエネルギーによる木質バイオマス熱電併給事業として,電気330kW,熱520kWを出力し,電気については,全量が四国電力送配電株式会社に売電される。
このバイオマス発電所で使用される燃料には,内子町森林組合で出材された地元の原木に由来する間伐未利用材(年間目標3,600t)から製造されたペレットが充てられている。
大凧合戦に疲れた五十崎,天神のサムライ達の体を癒してくれる“オーベルジュ内子”の露天風呂とサウナ。内子盆地の景観を眺望し“ととのう”幸福感に浸りつつ,五十崎地区で古くから活用されている風と水の力,新たに木質バイオマスを利用した電気・熱などの再生可能エネルギーの恵みに思いを馳せる。
鯉のぼりの最上部にたなびく5色の“吹き流し”。青・赤・黄・白・黒の各色は,陰陽五行説に基づく世界の構成要素“木・火・土・金・水”を色で表したもの。
凧揚げも,本来は正月の行事。正月に凧を揚げる理由について,やはり陰陽五行説に由来するとの説がある。凧は“火”の気を強める役割を担い,無事に正月を過ごすことができるようにとのことである。
凧揚げと再生可能エネルギー,そしてサウナも,元来,相性が良いのかもしれない。
再生可能エネルギーとサウナとの関係を考えるとき,電気事業の創成期にまで遡る“水力発電”と,日本人の“サウナ体験”との深い由縁に思い至る。
せっかくなら,水辺のサウナで“ととのい”つつ,らせん状の歴史の階段をたどってみたい。
(つづく)
文:穂積 薫
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